2005年01月25日
三線職人“A”列伝 その2

三線歴50年のA氏が三線に情熱を持ち始めたのは、確か中学にあがるかあがらないかの頃と聞きました。
最近はそうでもないのですが、少し前まで、「三線を弾く」ということは、イコール「遊び人」という図式がありました。「ロックを聴く」イコール「不良化」みたいに思われた時代もありましたが、そんな感じだったのでしょう。
実際A氏はどうしていたかというと、そんな社会通念にもれることなく、学校もロクに行かず三線ばかり弾いて過ごしていたようです(^^;。当然、親は激怒。
教本もビデオもない時代で、特に弟子入りしていたわけでもないA氏の練習は、ほとんど友人や先輩(遊び人の)からの直接指導。
ある程度弾けるようになると、「どこそこに上手いやつがいる」とうわさを聞いては足を向け、弾いている姿を見て技を盗む。さらに腕があがると、本当に上手い人とそうでもない人も分かるようになり、いつしか自分が教える側に回ることに。
今でもA氏の三線教室にいくと、本よりも「弾き方を見て盗め」的な教え方をするのは、そのせいかしれません。






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