2005年01月26日
三線職人“A”列伝 その3

若い頃、親の反対を受けながらも三線を弾きまくっていた三線職人A氏。
ところで、どこから三線を調達していたのかというと、なんと自分で見よう見真似で作っていたとか。「三線弾き」イコール「遊び人」の図式があった当時、A氏の親は、A氏が苦労して作った三線も、みつけては何度もへし折ったそうです。
しかし、その度にA氏は隠れて作って隠れて練習。また見つかって(しかも三線を作るときに親父の工具を壊して怒り倍増)折られてはまた作る。
A氏いわく、「折られたおかげで、作るたびに前よりいいものが出来上がった」と、生まれながらの職人っぷりを発揮したようです。
結局親が根負けして、「好きにせい」と黙認。その後、若い時代はいろいろな職業を経るも、A氏の三線作りの情熱は衰えることなく、現在、評判の腕利き職人として注文の多い日々をすごされています。その姿を見れば、きっとA氏の天国のご両親も、目じりにしわを寄せて、懐かしい日を思い出しているに違いありません。






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